「不要不急の外出は自粛」
緊急事態宣言は昨日でしたけれども、個人的には、外出しなくなって、かなり久しいです。外食やカフェの利用も控え、3月頭からは、会わなくてはできないとても大事な仕事を除いては、ほとんど人に会っていないです。
そうなってみると、一体、今までの私の日々は何だったのだろう、と思います。
ワークショップをする。
新しい人と出会って、仕事を創る。
一緒に仕事したい人と、顔を突き合わせて、企画を考える。
会いたい人たちと食事に出かける。
友人のイベント、ライブを訪ねていく。
映画に行く。美術展を覗く。演劇を見る。
友人宅やオフィスを訪ねる。
コーワーキングスペースで仕事をする。
カフェをハシゴしてブログを書く。
服を買いに行く。
どれも、好きなこと。
どれも、今、できない。
あるいは、控えたい。
最低限の生活
独立・開業1年目にして、世の中がこのような状況になっていることについて、心配してくださる方も沢山いて、とてもありがたいです。
実際、仕事は減っているし、仕事の種まきをする場所も失っているし、「先の見通しは?」と聞かれても、私も知らない。
けれども、心は、不思議と穏やかです。
むしろ、この時期にこの経験をしていることは、後々の私の強さ(しぶとさ?)になるのではないか、などと思ったりしています。
ある意味、今、本当に最低限の生活。
コーチングセッション、仲間との打ち合わせ、ブログ執筆の時間を除けば、
朝起きて、自炊して、散歩して、お風呂に入って、眠る。
それだけ。
出費は、基本、家賃、水道光熱費、通信費、食材費だけ。
今の贅沢は、Amazon PrimeとSpotify、時々テイクアウトくらいでしょうか。
(ちなみに、先日話したヨーロッパの友人は、遊びに行けないので、この間、お金が貯まっていくと言っていました。日本でも、そういう方々はけっこういらっしゃるだろうと思います。私も会社員のままであればそうだっただろうなと思います。)
こうしてみると、 究極、
人間の「要」と「急」は、「食べる」と「眠る」だけなんじゃないか、
などと思ったりします。
勉強も、確かに大事ではあるけど、別にしないと死んでしまうわけじゃない。
それはつまり、要は、眠るところ・インフラ(ライフライン)・食べるもの・最低限の着るものがあれば生きていけるんだ、と。
その分だけ収入があれば、生きていけるんだ、
万一それが叶わず本当に困窮したとしても、今の日本だったら、これだけなら、公的なサービスか心温かい人たちの支援でなんとかなるんじゃないか、と。
一度上げた生活レベルは下げることはできない、と人は言うけれど。
自分でもそう思っていたけれど。
やむにやまれぬ状況になれば、そこに適合して、
けっこう平気で生きている自分がいる。
もちろん、今も十分恵まれた環境にいるだろう、私は本当に苦しい状況をまだ知らない、考えが甘い、ということは十分に承知の上で。
でも、
桜の花をついばむスズメを、満たされた気持ちでいつまでも見ていられる自分がいる。
気持ち良く晴れた空を見て、今日はいい日だ、と思える自分がいる。
自然を見ているだけで、何かに気づき、学んでいる自分がいる。
ブログのアイディアを思いついて、「!」と脳の中で信号が走りまくる自分がいる。
文章を推敲しているだけで時間を忘れる自分がいる。
素朴な食事で満足できる自分がいる。
そんな素朴な生活でも、クライアントのことを思ったり、毎度のセッションに全力を投じることができる自分もいる。
それ以上に、どうしても必要なことって、あるだろうか。
ライフライン以上に必要なもの
あるかもしれない。
それは「つながり」。
正直、私は、もともとは、正面切って「絆」とか「つながってるね」とか言われると、どちらかというと引いてしまうタイプ。
「つながり」という言葉も、以前は、あまり自分で積極的に使う方ではなかったです。
ただ、感覚としては、わかる。
自分の心が開かれている感じ。
その、とても、Vulnerableな感じ。
暖かい感じ。
相手の心と接している感じ。
互いの間にある境界が消えていく感じ。
今、この状況で、ひとりで鬱々とした気分になったりしないでいられるのは、
これまで以上に、人とのつながりを感じることができているからだろうと思います。
こんなに沢山の素敵な人たちと出会い、今もつながっていられることを本当に幸運に思っています。
そして、Facebookやzoom、それを可能にする通信技術にも、本当に感謝です。
一方で、それらの技術がないと絶対につながりを感じられないのか、というと、そういうことでもない、とも気づいたりしています。
先述のスズメともつながりを感じるし(近寄りすぎて逃げられるけど。笑)、
今、私の心の中には、他界した祖父や友人もいて、彼らともつながっています。
もちろん、できることなら、Face-to-Faceで会いたい。
ハグしたい。
一緒に大笑いしたい。
けれど、物理的に、人と会えなくても、私たちはつながっている。
この自然ともつながっている。
ただ意識をそこに向けさえすれば。
「つながり」はCo-Activeコーチング、Co-Active リーダーシップでいうところの「Co」。
「Co」の大切さ、暖かさ、エネルギーの源となる感じを、こんなにまではっきりと感じることができるというのは、
この世界レベルの難局が、私に、社会に、もたらした大きなものの一つだと思います。
関係ないけど、
今日は、花まつり(お釈迦様が生まれた日)。
更には、満月。静かなスーパームーン。
いつか万が一、私が本当に苦しくなっている時があったら、この記事を思い出そう。(そんな日は、できれば来てほしくないけれど。)
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